- 助け合い
- 協力
- チームワーク
人が集まり目的を達成するために本来必要とされるもの。表面的には良い言葉ですが、現場レベルでは“気づける人だけに負荷が寄る”という現実が潜んでいます。
気づける=処理能力のある人ほど、気づかない人の役割まで背負ってしまう。結果的に「できる人が忙しくなる」構造が生まれていきます。
役割が曖昧だから「やる人」が固定化される
本来なら仕事は“担当制”であるべき。しかし、メンバーシップ雇用では“総合職”として採用されているため、担当が割り振られていても境界が曖昧なままです。
その結果、
- 断る理由がない
- 他の人の担当範囲が分からない
- 「これも頼むね」と言われてしまう
- 気づいた人がやるのが当たり前
“気づいた人がやる文化”は、本来の助け合いではなく、気づける人への“責任の押し付け”に変わり、負荷の偏りは必ず生まれ、真面目な人だけが忙しくなっていく。
担当外の仕事まで引き受ける“なんでも屋化”の地獄
何でも“気づいた人がやる”状態が続くと、それは評価ではなく「前提」に変わります。
- 雑務
- 書類整理
- 調整役
- トラブル処理
- フォロー役
- 他部署の穴埋め
「できるから」「気づくから」という理由だけで、あなたの本来の仕事が後回しにされる構造になっていませんか?
それを続けた結果、周囲はこう思う。
“あの人ならやってくれる”
善意が義務に変わり、義務が当然へ変わり、最後は“頼める人に頼むほうが早い”で固定化していく。
なぜ「断れない空気」ができあがるのか
会社には独特の空気があります。
- 「言えば波風が立つ」
- 「手伝わないと悪い人と思われる」
- 「助け合いが当然」
- 「できる人がやる文化」
- 「頼まれたら断らないのが美徳」
断らない → すべて抱える → 他の人はやらなくて済む。この循環が続くと、気づける人だけが限界まで疲弊する。
評価は曖昧。努力は“見えない家事”と同じ扱い
なんでも屋になっても、みんながやらない仕事をして社内を支えてるのに、そういう人に限ってほとんど評価されません。
- 感謝はされるが、昇給には繋がらない
- 「助ける人」扱いで終わる
- 本来の成果が見えなくなる
- 雑務で忙しくスキルが育たない
- “便利な人”として固定される
これは家で「家事が当たり前である事」と同じ構造。
気づく → やる → 仕事が増える → 感謝で終わる。報酬は増えず負荷だけが増える。
“気づけない人”が得をする構造
気づかない人、動かない人の方が負担が少なく済んでしまう現実があります。これは、個人の性格ではなく“そのように回る構造側の問題”です。
- 「できません」と言える
- 「見えませんでした」で済む
- 「人に頼むのがうまい」だけで通る
- 動かないほうが損をしない不思議な構造
これはあなたが悪いのではなく、構造が「できる人を搾取する形で回っている」から。
どうすれば“なんでも屋化”から抜け出せるのか
今すぐ辞める必要は、ありません。“小さな防衛策”は取れると思います。
- 自分の担当と外仕事を記録する
- 担当範囲を言語化する
-「後で確認します」「今は手が離せません」と言う - 上司と相談する
- 部署の役割分担を整理する(資料化)
- 外部に相談する(逃げ道の確保)
ここに挙げた行動はすべて、あなたを守るための“選択肢”。
重要なのは、あなたの優しさを“システムの穴埋め”に使わせないこと。
自分を守る境界線を引く勇気
「気づいた人がやる」文化は、助け合いではなく、負荷の偏りを生む仕組みです。
真面目な人、責任感がある人、気づける人ほど、その構造の犠牲になってしまう。
あなたの優しさは“前提”ではない。
あなたの気づきは“義務”ではない。
守るために必要なのは、やさしさを捨てることではなく、境界線を引く勇気。
あなたのその線引きが、黙って負担を抱えてきた誰かにも届くかもしれません。小さな線引きが積み重なれば、部署全体の業務整理や負荷分散という “現実的な改善の必要性” を伝えることにもつながると思います。

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