なぜ営業は、あんなに責められやすいのか
営業は、会社の売上を作る存在です。
契約を取る。数字を上げる。顧客と向き合う。会社にお金を運ぶ入り口に立っている。
それなのに、数字が足りなければ責められ、値引きすれば現場に嫌がられ、約束が通らなければ顧客に怒られる。
営業ほど「板挟み」という言葉が似合う職種はありません。
売上を作っているはずなのに、なぜか肩身が狭い。この違和感には、構造的な理由があります。
営業は「前線」だが「決定者」ではない
営業は最前線にいます。
- 市場の空気
- 顧客の本音
- 競合の状況
それらを把握していても、最終的な価格や方針、条件の決定権は、多くの場合、上にあります。つまり営業は、責任はあるが、権限は限定的な立場に置かれやすい。
「なんとかしてこい」と言われるが、「なんとかできる権限」は持っていない。
このズレが、肩身の狭さの原因となっている。
営業が弱いのではない
営業が疲弊するのは、能力不足だからではありません。
- 売上目標の達成
- 社内との条件調整
- 顧客からのクレーム対応
背負っている責任は多いが、評価は「結果」の一点で見られやすい。
構造上、成果が出れば当たり前、出なければ営業の責任になりやすい設計になっています。これは個人の資質の問題ではなく、「責任と権限が一致していない構造」の問題です。
なぜ営業は孤立しやすいのか
営業職は、上司からは「数字を作れ」と言われ、現場からは「無理な約束をするな」と言われ、顧客からは「もっと柔軟に」と言われます。三方向から圧を受ける立場です。
さらに、評価は個人成績、責任は個人単位で、数字は可視化される。
そのため、営業は構造的に「個人戦」になりやすい。会社全体の問題であっても、最終的には「営業がどうにかする話」に収束していく。
ここに、責任は重いが、決定権は弱いという歪みが発生します。
営業が肩身が狭い会社は、危険
営業が萎縮している会社は、だいたい内部も歪んでいます。
- 売上創出者の発言力の弱体化
- 経営と現場の分断
- 板挟みの構造
これは、単なる職種の問題ではなく、会社の設計そのものの問題です。
営業は「エンジン」だが、運転手ではない
営業は会社のエンジンです。
しかし、エンジンは運転席には座っていません。方向を決めるのは別の場所です。営業が肩身が狭い会社は、エンジンにアクセルを踏ませながら、ハンドルを渡していない状態に近いと言えるでしょう。
問題はエンジンの性能ではなく、運転の設計です。誰が方向を決め、誰が責任を引き受けるのか。そこが曖昧なままでは、どれだけアクセルを踏んでも前には進みません。

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